miromiro07の日記

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【5月19日生まれの偉人】マルコム・X|怒りを力に変えた黒人解放のカリスマ

■ 奴隷の末裔に生まれて

1925年5月19日、アメリカ・ネブラスカ州オマハに生まれたマルコム・X(本名:マルコム・リトル)。
彼の父は黒人解放を訴える活動家で、クー・クラックス・クラン(白人至上主義団体)に命を狙われることもありました。父の死後、貧困と差別にさらされたマルコム少年の心には、怒りと不信感が刻まれます。

 

 

■ 牢獄で出会った「知識」と「イスラム

若き日のマルコムは、犯罪に手を染め、20歳で逮捕されます。
しかし収監された刑務所で読書に目覚め、黒人イスラム教団体「ネイション・オブ・イスラム」と出会います。ここで彼は「リトル」という“白人によって与えられた奴隷の名”を捨て、「X(未知の本来の名前)」を名乗るようになります。

 

 

🔥 エピソード①:辞書を最初から写し続けた男

マルコム・Xが刑務所にいた頃、「語彙が貧しいままでは自由になれない」と痛感し、独学で学ぶ決意を固めます。
彼は辞書の最初のページからすべての単語を書き写すという気の遠くなるような作業を続けました。

「最初は“aardvark(ツチブタ)”だったよ」──と本人も後に語っています。

この努力によって彼の言語力と表現力は飛躍的に向上し、後の雄弁な演説の基礎が築かれました。まさに“言葉は力”を体現した人です。

 

 

 

 

■ ブラックパワーの象徴へ

1950〜60年代、彼はネイション・オブ・イスラムの代表的存在として演説を行い、「黒人は白人から自立せよ」と訴えました。
マルコム・Xは、マーティン・ルーサー・キングJr.が唱えた「非暴力・平和的手段」とは異なり、必要ならば武力による自己防衛も辞さない姿勢を見せたことで、より過激な改革を求める層に強く支持されました。

 

🔥 エピソード②:ホテルではなく地元の床屋へ

1960年、マルコム・Xはアメリカ中を講演で回っていましたが、ある黒人青年から「地元で話をしてほしい」と依頼されました。
スタッフは高級ホテルでの講演を手配しようとしましたが、マルコムは「床屋でいい」と応じました。

その床屋での小さな集会で、彼は10人にも満たない若者たちに2時間以上語り続けたといいます。
“どんな場所でも、言葉は届く”という信念を持っていたことがわかるエピソードです。

 

■ 世界を見て変わった視点

1964年、彼はネイション・オブ・イスラムを脱退し、聖地メッカへの巡礼を経験します。
そこで肌の色を超えたイスラム教徒たちとの交流により、彼の思想は変化。かつての「黒人至上主義」から、「人種を超えた連帯」へと視野を広げていきます。

 

🔥 エピソード③:メッカ巡礼で涙を流した瞬間

1964年、マルコム・Xがメッカへ巡礼に行った際、白人・黒人・アラブ人など、あらゆる人種が同じ衣をまとい、同じ神に祈る姿に触れました。
彼はその体験に衝撃を受け、「肌の色ではなく、心で人はつながれる」と気づき、これまでの「黒人至上主義」から脱却することになります。

帰国後の手紙にはこう書かれています:

「私は今や、人間同士が真に兄弟になれることを、この目で見たのだ」

この体験が彼の思想を根底から変えた、劇的な転機でした。

 

■ 暗殺、そして伝説へ

思想の変化に伴い、彼の存在はますます大きく、同時に危険視されるようになりました。
1965年2月21日、演説会場で銃撃され、39歳の若さでその生涯を閉じます。

 

 

■ 現代へのメッセージ

マルコム・Xの言葉と生き様は、今もアメリカの黒人社会、そして世界中の被抑圧者たちに影響を与え続けています。
彼の代表的な言葉にはこんなものがあります。

“教育は未来へのパスポートだ。明日を迎えるのは、今日それを準備した者たちである。”

怒りを原動力に変え、思想の変化を恐れず進んだマルコム・Xは、今なお語り継がれる「黒人解放の象徴」です。

 

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マルコム・Xの人生は、過激さと成長が同居するドラマそのものです。
人は変われる。過去がどうであれ、学び、見聞を広げることで「より大きな真実」にたどり着くことができる──彼の歩みは、私たちにもそう語りかけているのではないでしょうか。